故人の財産で返済しきれないほどの借金があれば、多くの相続人は相続放棄をするでしょう。
しかし、故人に借金があるかどうか分からない場合もあります。

何十年も連絡を取り合っていない家族、親族が亡くなって、その事実も知らないのにいつの間にか相続人として自身が故人の借金を相続する立場にいるというこもあります。
また、借金がない、あっても大した額ではないと思って相続した後に、払いきれないほどの高額な借金があったことを知ったらどうなるか。

このような事例が裁判で争われていますので、参考としてご紹介します。

相続放棄が認められた事例1

知らない間に相続人になっていて故人の債権者から請求され、その後に相続放棄したケース。

Aと叔父(父の兄)とは長年連絡を取り合っていない。

叔父が多額の負債(保証人)を残したまま平成24年6月死亡し、叔父家族は全員相続放棄をした。
A及びのAの父親は叔父が死亡したことは知らない。

Aの父親が平成24年10月死亡した。

叔父の債権者が叔父の相続人として借金回収のためAの財産を差押える準備をした。
債権者は、差押えの効力が叔父からAに承継されたとする手続き(承継執行文付与の手続)を行った。

平成27年11月、Aはこの手続きによる通知で自分が叔父の相続人になっていることを知り、叔父の相続放棄をすると同時にこの手続きに対して異議申立をした。

以上が経緯です。

叔父家族全員が相続放棄したことにより、父母は亡くなっているので第3順位である兄弟姉妹が法定相続人になり、Aさんの父親も相続人の1人となります。
他の兄弟姉妹の多くは相続放棄をしていたようですが、Aさん家族は叔父家族との行き来がなかったので全く蚊帳の外。
Aさんの父親は相続人のまま亡くなったので、Aさんは叔父さんの相続人である父親を相続したことになり、債権者から叔父の相続人として返済を求められることになりました。

この争いは最高裁まで行きました。
判決はAさんの主張を認めました。

このケースでのAさんは再転相続人と言います。
叔父の財産が相続人であるAさんの父親から更にその相続人であるAさんに相続されることなります。

再転相続人であるAさんは、父親からの相続が開始したことを知ったからといって,当然に父親が叔父の相続人であったことを知り得るわけではなく、Aさんは父親からの相続により,叔父の相続について承認又は放棄を選択し得る地位を承継してはいるものの,父親が叔父の相続人であったことを知らなければ,叔父の相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできません。

父親から叔父の相続人としての地位を承継したことを知らないにもかかわらず,父親の相続が開始したことを知ったことをもって,叔父の相続に係る熟慮期間が起算されるとすることは,Aさんに対し,叔父からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障する民法の趣旨に反するとしました。

この判決では、Aさんの父親が叔父の相続について知っていたかに関らず、Aさんが叔父についての相続を知ったときから相続放棄の熟慮期間(3ヶ月)がスタートすると示しました。

相続放棄が認められた事例2

財産を特定の相続人に渡した後、故人の負債が判明し相続放棄したケース。

平成22年8月、A死亡、相続人は長男B、長女C、次女Dの3人。

Aは生前、財産は長男Bに全部譲るとの意思を示しており、C、Dも異存なかったのでAの財産はBが引き継いて管理していた。

A名義の土地・家を名義に相続登記するために、平成24年2月にBがその旨の遺産分割協議証明書を作成しC、Dに署名・押印を求め両者は応じた。

平成25年3月、Bは当該不動産を売却して自己の借金返済に充当しようと、まず、当該不動産に設定されている根抵当権を抹消すべく根抵当権者Xと交渉した。

※当該根抵当権はBがXから借入の際に担保として設定されたもので、同時にAが連帯保証人になっていた。

Xは抹消の条件として、故Aの保証債務の履行責任を負うとするC、Dの承諾書の提出を求めた。

※保証債務は法定相続割合に従って当然に相続されます。この場合、C、Dは債務額の3分の1の保証債務を負うことになります。

Bは保証債務承諾についてXから連絡があること、それに対して承諾して欲しいとC、Dに連絡。
C、Dはこの時に初めて保証債務があり自分がその相続人になっていることを知った。

C、Dは同年4月、Aに対する相続放棄手続きを行ったが、家庭裁判所は熟慮期間経過を理由に却下した。

直ぐに抗告(異議申立)し、相続放棄が認められた。

このケースも相続放棄をするための熟慮期間である3ヶ月がいつから開始されるかが問題になりました。
条文では、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月以内に相続放棄をしなければいけないとされています。

Aが亡くなった平成22年に、C、Dは自分達がAの相続人であり自己のために相続の開始があったことを知ったとして、原審(却下した最初の審理)は25年にされた相続放棄は熟慮期間が経過しているので却下とした。

これに対し抗告審は、相続の開始があっつたことを知ったときとは、保証債務が被相続債務として存在していることを知ったときとして、そこから3ヶ月以内に相続放棄の申立をしているので受理すべきと判断しました。

相続放棄が否定された事例1

相続が発生してから3ヶ月以内に相続放棄をしなくても、熟慮期間経過後に故人に負債があることが分かってから3ヶ月以内に相続放棄をして認められたケースを上記にあげましたが、必ず認められるものでもありません。

認められなかった事例をご紹介します。

相続後に高額な借金が判明して相続放棄したケース。

平成15年3月にA死亡。

同年12月、相続人間で遺産分割協議を行った。
その時点で、Aには不動産等の相続財産の他に約7,000万円程度の負債があることは分かっていたが、プラスの財産の方が多いとの認識で相続人Bは不動産や負債の一部を相続した。

平成19年6月、Aの債権者XがAの相続人としてBに対し貸金返還訴訟を起こし、その額が約3億円であった。

Bは同年7月に家庭裁判所にAの相続放棄の申立を行い受理された。

債権者Xは、相続放棄は無効として提訴した。

高裁まで争われ、高裁は相続放棄を無効としました。

高裁は「A死亡時にBはAの相続財産の有無及びその状況等を認識又は認識することができる状況にあり、不動産の一部を自己に相続登記し債務も一部弁済しているような事情に照らせば、Xに提訴されるまで当該債務の存在を知らなかったとしても、熟慮期間の起算点を提訴されたときからとする特段の事情があったとはいえない。」と判断しています。

相続放棄が否定された事例2

相続後に保証債務が判明して相続放棄したケース

A死亡、死亡から7日後に相続人間でA所有の不動産を長男が相続する旨の遺産分割協議を行った。
その際、長男以外の相続人は、相続分不存在証明書に署名・押印した。

約3年後にAが約7,000万円の連帯保証人になっておりその返済を求める訴訟が相続人に対して起こされた。

相続人らはこの提訴で保証債務の存在を知ったとして、知った日から3ヶ月以内の期間にAの相続放棄の申立をしたが家庭裁判所は申立を却下した。

抗告したが棄却され最高裁まで争ったが相続放棄は認められなかった。

裁判所は、相続人はA死亡の7日後に遺産分割協議をしておりAの相続財産を具体的に認識していたとし、3ヶ月の熟慮期間は経過しているので認めないと判断した。

相続放棄が否定された事例3

相続後に保証債務が判明して相続放棄したケース

A死亡、相続人に子のBのみ。
子はAには不動産が及び預貯金があることを知っていた。

約3年後にAが甥の5500万円の借入の保証人になっていることを知った。

知って3ヶ月以内にAの相続放棄の申立をしたが、家庭裁判所は熟慮期間経過を理由に却下した。

最高裁まで争われたが認められなかった。

裁判所は「Aには相続財産として、不動産と預貯金があることを知っていたので、Aが死亡した日に相続財産の一部の存在を認識したものといえ、この時から熟慮期間は起算されるので熟慮期間経過後にされた相続放棄は不適法。」と判断しました。

まとめ

熟慮期間の起算点について、昭和59年、最高裁で以下のような基準が判示されました。
「相続放棄の熟慮期間の起算点は、被相続人の死亡の事実及びそれにより自分が相続人となったことを覚知した時とし、例外として、被相続人には財産が全くないと信じたために熟慮期間内に相続放棄をしなかったとしても、そのように信ずるについて相当の理由が認められるならば相続人が相続財産の全部又は一部を認識した時又は認識できる時から熟慮期間が進行する」

この判決は、
①熟慮期間のスタートは、死亡の事実を知ったことだけでなく自分が相続人になったことの覚知も必要。
②死亡の事実と自分が相続人になったこと知っていたとしても、相当な理由で故人には相続すべき財産がないと思って相続放棄をしていなければ、相続すべき財産があったことを知った時、又は知る事ができた時から熟慮期間がスタートする。
ということが示されています。

②に示されているように、熟慮期間の起算点は状況によって故人が死亡した日から後にズラすことができる場合があります。
故人には相続すべき財産が全くないと思っていたが、2年後に故人の債権者からの請求により負債(負債も財産になります)があった事を知った場合、2年後の負債の存在を知った日が熟慮期間の起算日となり、2年既に経過していても知った日から3ヶ月以内であれば基本的に相続放棄が認められることになります。

②では、故人に財産がないと思っていることが要件となっています。
少しの財産があることは知っていたが、後で、まさかこんな多額な借金があったなんて、、、というような場合、多額の借金の存在を知った時を熟慮期間のスタートとして、それから3ヶ月以内に相続放棄ができるかが問題になります。

判示された要件を厳密に適用すると、ある程度財産があることを知っているので②の要件には該当しないということになります。
実際、否定された事例としてあげているものは、②の要件を満たしていないとして熟慮期間の繰り下げを認めませんでした。

しかし、認められた事例2にのように、相続人が遺産分割協議を行った後でも(協議において相続財産の内容を把握している)相続放棄が認められたケースもあります。

遺産分割協議に錯誤あると認められると協議後でも相続放棄が認められる可能性があります。

家庭裁判所は相続放棄に関して、申立を却下すると以後法律上申立人が相続放棄について争うことができなくなるので、却下すべきことが明らかな場合以外は申立をできる限り受理すべきとのスタンスです(それでも、否定事例のように申立が却下されることがありますが)。

※相続放棄の法的有効性について問題があれば、別途、相続放棄無効の裁判で争いなさい、ということだと思います。

このように実務的には、最高裁判例にある程度幅を持たせて家庭裁判所は相続放棄を取り扱っていますので、これは無理かなと思われる状況でも一度専門家にご相談されることをご検討下さい。