残される年老いた配偶者(妻又は夫)を想い、配偶者の面倒を見るといる負担を付して特定の者に遺産を渡す、ということがあります。
配偶者が元気であればよいですが、病気であったり、認知症を患っている場合、配偶者に遺産を渡しても適切に管理していくことは難しいでしょう。
このように、特定の子供に遺産の多くを渡す遺言書を残す場合、注意すべきポイントがあります。
負担付相続させる遺言
何からの行為(又は不作為)を条件に特定の相続人に特定の相続財産を相続させることを遺言することができます。
このような遺言を「負担付相続させる遺言」と言います。
典型的な例としては、残された妻の面倒見させるために、長男(又は長女)に多くの遺産を相続させるケースです。
この場合、行為によって恩恵を受ける妻を「受益者」と言います。
「長男Aに○○を相続させる。長男Aは相続の負担として、遺言者の妻Wが生存する間、同人と同居し、世話及び扶養するものとする。」というようなうな遺言になります。
負担について
遺産を渡す際に何らかの負担を付けることに関しては、民法1002条に「負担付遺贈を受けた者は、遺贈の目的の価額を超えない限度においてのみ、負担した義務を履行する責任を負う。」と、遺贈する際の負担について規定されています。
この負担についての規定は遺贈に関するものですが、「相続させる」遺言にも同様に負担を付することができるとされています。
この「負担」ですが、贈られる者、相続する者は、この負担の履行について法的義務を負うことになります。
このように責任を負うことになるので、「負担」の内容をできる限り明確にし、それを履行することが単なる遺言者の希望ではないように記載することが大切です。
負担と条件は異なる
負担として記載することで、その内容は無条件に履行されることが前提となります。
一方、条件にすると、条件とした内容が成就したか不成就なのか確定するまで不安定な状態になります。
条件と捉えられないような内容で記載するようにしなければいけません。
負担の内容と効力
負担としてどのような内容でも良いわけではありません。
当然に公序良俗に反する内容であったり、実現することが不可能な内容は、無効となります。
ただ、この場合、無効になるのが負担の部分だけか、相続そのものが無効になるかは決まっていません。
負担することが必須で、負担が実現できなければ相続させなかったと判断される内容であれば、相続自体が無効になるおそれが高いでしょうし、そうでなければ負担の部分だけが無効とされる可能性もあります。
負担者の義務
負担の義務を負った者は、目的物(遺産)の価格を超えない限度で義務を履行する責任を負うことになります。
逆を言えば、相続した財産の価格以上の責任は負いません。
あくまでも遺産の受益者が受ける恩恵は負担を負った者が取得する遺産の範囲内になります。
負担者の放棄
負担すべきとされた者は、相続放棄することで負担を免れることができます。
この場合、民法の「受遺者が遺贈の放棄をしたときは、負担の利益を受けるべき者は、自ら受遺者となることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。」という規定に従って、受遺者が自ら受遺者として遺産を取得することができます。
負担の履行の請求
遺言の効力が発生して負担が速やかに履行されれば良いですが、履行されていないときは他の相続人か遺言執行者が履行するように請求することになります。
受益者自身が履行するように請求できるかについては否定的、肯定的に分かれていますが、受益者が受益の意思表示をすれば履行の請求ができる、とする見解が有力です。
負担が履行されない場合
負担付の相続の場合、通常、遺産相続が先行する形で行われ、負担の履行はその後になります。
なかには、遺産をもらったにもかかわらず負担を一切履行しない、という相続人がいるかもしれません。
この場合、どうするか?
負担の履行をするように裁判を起こすか、負担付相続そのものを取消すかの方法を選択します。
履行の請求をする
相続人または遺言執行者は、負担を負った者に対して負担を履行するように履行請求の訴えを提起し、確定判決を得て強制執行をすることで負担を実現することができます。
ただし、裁判の内容から分かるように、どのような場合でもこの訴訟ができるわけでなありません。
履行請求の訴訟は、「Aに〇の土地を相続させるが、負担としてBに〇万円支払う。」というような内容の場合に向いています。
最終的に強制執行で〇円を差押えることで内容の実現が可能になります。
内容を取消す
明示的な規定はないのですが、負担付遺贈における取消し条項(民法1027条)を使って取消しできるとされています。
取消しは、当事者間での取消しは認められておらず、相続人または遺言執行者が家庭裁判所に申し出て判断してもらうことになります。
いきなり取消請求ができるのではなく、まず、期間を定めて負担の内容を履行するように求め(催告)た上で、期間内に履行がないときに裁判所に請求します。
受益者には、取消請求権はないとされています。
この場合、裁判所は遺言者の意思、受益者の利益(面倒を見えてもらう妻の利益)、不履行の程度等を総合的に判断して決めることになるので、不履行に事実があれば必ず取消されるというものではありません。
取消された場合、当該遺言は遡及的(さかのぼって)に効力がなくなります。
負担付遺言で遺産を取得した相続人は、相続人全員に帰属することになります(返還する必要があります)。
但し、既に負担した分は返還不要であり、受益者(世話を受ける妻)も既に受けた扶養費用を返還する必要はありません。