修繕

建物を賃貸する場合、テナントビルのような大きな建物はプロの不動産会社が所有者であったりしますが、親から相続した家を賃貸したり、最近、個人の方が不動産投資を行い賃貸物件を所有して管理されている場合もあります。

賃貸借をする上でいくつかの問題があります。
借り手が見つからず長く空室のままだと大家さんも不安になるでしょうし、借金して賃貸物件を建設、購入していれば、毎月の返済が大きな負担になるでしょう。

また、貸した後に生じるトラブルも負担になります。
家賃滞納、騒音、近所トラブル等々のトラブルが考えられますが、建物に不具合が発生した時の修繕も大きな負担になります。

修繕費用の負担もそうですが、不具合の原因が賃借人の不適切な使用方法・管理によると思われるのに修繕の請求をされた、不具合により生じた損害賠償請求、修繕期間の休業補償請求等々の問題もあります。
※私が管理会社から聞いた中では、押し入れの天井から雨漏りし、気づいたときには押し入れの中が水浸しで洋服等が全部ダメになっていたので、その損害を賠償したというケースがありました。被害にあった賃借人にとってはたまったものではありませんし、請求された額を支払う大家さんにとってもその額が妥当かどうか、、と思うでしょう。
管理会社に管理を委託してすべてを任せることはできますが、管理費用が毎月かかりますし、交渉は管理会社がしてくれるかもしれませんが最終的に支払うのは大家さんになります。

このような面倒がイヤで、折角借り手があるのに貸さない、、。
現在不具合は確認できないが、古い建物だから貸した後に何か不具合がでたら面倒なことになるのが心配、、、と思われる方もおられるでしょう。

これを避けるために賃貸借契約時に「賃貸人は一切の修繕義務を負わない。」とする特約が認められるか?
この心配をしないだけでも大家さんの心理的負担はかなり軽減されるでしょう。

この点について解説します。

賃貸借契約における修繕義務

賃貸借契約においては、大家さん(賃貸人)は賃借人が目的に従って使用する上で建物に不具合が生じたときは、修繕する義務を負います。
建物を貸して賃料を得る以上、借り手が支障なく使える状態にすることが求められます。

民法606条1項では「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責に帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。」と規定されています。

令和になって一部改正され、上記のように賃貸人は賃借人に起因する修繕はする必要がないと明文化されましたが、以外については賃貸人に修繕義務があることが規定されています。
ただし、この規定は「任意規定」と言われています。
任意規定とは、当事者間で同意すればこの規定とは異なる内容にしてもよい、とする規定です。

では、「賃貸人は一切の修繕義務を負わない」とする特約を契約書に記載しておけば、賃貸人が修繕義務を免れるかというと、そう簡単ではありません。

民法での規定

民法の第1条には、
1.私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2.権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3.権利の濫用は、これを許さない。
とあります。

契約行為をする上で信義にそって誠実に行うことが規定されています。

また、民法90条は「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」と規定されています。

一般的に賃貸借関係での力関係は、大家さんの方が強いと言われています。
貸すか、貸さないかの最終判断は大家さん側にあるので、大家さん側に一方的に有利な契約内容でも借りたい側は仕方なく承諾する、、、ということも起こりえます。

もちろん、当事者間の契約は自由なので両者で合意した契約は有効なんですが、内容によっては強い立場にある者が弱い立場の者に対して自分に極端に有利な内容での合意を強いた、、というようなケースも想定されます。
そのように判断されると、1条での信義に反する行為、90条での公序良俗に反する行為として、無効とされることがあります。

通常の賃貸借契約で賃貸人の修繕義務を一切免除するというような特約は、これらに違反にする行為として無効になる、可能性が高いです。

消費者契約法10条の規定

上記の民法1条、90条は、その判断基準が抽象的で広く捉えられてしまうので、この条文が適用されるハードルは高いと言われています。
抽象的であるがゆえに、なんでも「信義則」「公序良俗」に反する、、と主張されるおそれがあるからです。

そこで、民法でなく一般人である消費者を保護するための法律である消費者契約法の観点からこの問題を検討します。
消費者契約法には、消費者の利益を一方的に害する契約条項は無効(10条)と規定されています。

この規定により「賃貸人は一切の修繕義務を負わない」という特約は無効とされる確率が高いでしょう。

修繕義務範囲を限定する

修繕と言っても範囲は広いです。
家が傾いた、屋根が老朽化して雨漏りがする、柱の根っこが腐っている等々の躯体の不具合もあれば、備え付けの電球が切れた、換気扇が壊れたなどの内装、設備の不具合もあります。
通常、前者を大修繕、後者を小修繕といったりします。

大修繕は賃貸人が、小修繕は賃借人が行うとする特約がなされることがあります。

このような特約は、どちらかが一方的に有利、不利と言えないので、有効とされています。
ただし、解釈でもめないように大修繕、小修繕の内容を具体的に明記しておくことが重要です。

一切の修繕義務を負わない特約はできない?

一方的に賃貸人に有利、賃借人に不利な特約は、民法、消費者契約法において無効とされるでしょう。

「賃貸人は修繕義務を一切負わない」とする特約が認められないのは、それが一方的に賃貸人に有利だからダメということになります。

相場通りの家賃設定しておきながら、一切修繕義務を負わないとする特約は、一方的に賃借人が不利な契約内容と言えるでしょう。

では、相場家賃は10万のケースで、「家主が空き家にしておくとボロボロになってしまうので、家賃は固定資産税と同額で月2万円でいい。そのかわり何か不具合がでたら全部自分たちで修理してね」とした場合、この約束が一方的に大家さんに有利で賃借人に不利になるか?
見方によっては、賃借人に有利とも言えそうです。

また、不動産会社でテナントを探していると、「お探しの地域だと坪2万円くらいが相場です」のようなことを言われます。
10坪のテナントであれば20万円が相場になります。

この10坪のテナントを相場通りの賃料20万円にして、特約で賃貸人は修繕義務を一切負わないとすれば、民法、消費者契約法違反となるでしょう。

では、修繕義務を一切負わないことを条件に賃料を月15万円に減額するとしたらどうでしょう?

賃借人にとって毎月5万円の支払いが浮きます。
1年で60万円、5年では300万円もの賃料支払いを免れることになります。

300万円もあれば、躯体等大きな修繕も含み多くのケースに対応できるでしょうし、不具合が起きなければ300万円がまるまる利益となります。
一方的にどちらが有利、不利かは言えない特約と見ることもできます。

もちろん、相場20万円に対して15万円であればOK、、という明確な基準はありませんが、修繕義務免除を前提に両者間で相当額の賃料が減額されていることが確認されているような場合は、このような特約も認められる可能性もあると思われます。

ただし、賃借人が法人でない自然人(一般人)で、事業目的ではなくアパート、マンションのように居住を目的とする賃貸借の場合は、賃借人に消費者契約法が適用され、消費者として消費者契約法で強く保護されています。
先に述べた消費者契約法10条がありますが、8条で事業者の債務不履行による損害の賠償を全部免除する特約は無効としていますので、これにより特約が無効になる可能性もあります。

消費者契約法は、賃貸人が「事業者」で賃借人が「消費者」である場合に適用されます。

「事業者=会社」と混同される方がおられますが、事業者とは「法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人」と規定されており、個人オーナーも「事業者」に含まれます。

一方、「消費者」は、「個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)」と規定されています。

つまり、事業目的でない個人となります。

賃貸借においては、貸主が会社、個人にかかわりなく、借主が「事業目的のない個人(居住目的の個人等)」である場合に、消費者契約法が適用されることになります。

まとめ

これをすれば「賃貸人は一切の修繕義務を負わない」とする特約が有効になる!といったものはありません。

通常の賃貸借契約での当該特約が争いになったとき、まず、裁判所には認められないでしょう。

重要なのは、争にならないように事前に当事者間でしっかり協議しておくことです。
取決め内容も抽象的な表現は避け、具体的に個別的に決めておくことが重要になります。

この特約をする際は、修繕義務を負わないことに対する代償措置をしっかりとっていることが大切です。
大幅に賃料を下げているとか、替わる何らかの利益を賃借人に与えているか等々になります。

ただし、代償措置をとっているからといって当該特約が必ず法的に有効になるとは限りません。

取決めをしても、老朽や自然災害等による倒壊等で賃借人に経済的、身体的に想定外の大きな被害が生じた場合、賠償問題になるでしょうし、特約が否定されることも充分にあり得ますのでご注意ください。

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