手付解約

新築の家やマンションであれば、建築前や建築中の未完成の状態で売買契約を締結することもあります。

完成したものでも、まず契約を締結して、その後に物件の引き渡しがあります。

不動産売買では、実際に不動産を引き渡す前に売買契約を締結し、締結時に購入金額の数%を「手付金」として支払うことがあります。

この後、引渡しと同時に代金の支払い(手付金は代金に充当される)、名義変更を行います。

このように、契約締結、手付金支払い、代金支払い、物件引渡しまで順調に済めば良いですが、何らかのトラブルが生じ引渡しまでいかない場合、「手付金」の扱いが問題になります。

ここでは、「手付金」について説明します。

手付金

手付金は、契約締結時に当事者の一方から、相手方に支払われる金銭のことを言います。

手付金の目的としては、以下の3つが上げられます。

  1. 解約手付
    契約者双方に契約を一方的に解約できる権利を持たせる。
  2. 違約手付
    契約内容を果たさない場合に、相手側は違約金として没収する。
  3. 証約手付
    契約した事、成立したことの証として支払う。

通常、戸建てやマンションを購入する際に支払う「手付金」のほとんどは、1の「解約手付」になります。

つまり、「手付金」は、売り手、買い手のどちかの都合で契約が解約される場合に備えてのお金になります。

手付の役割

民法557条には、「買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。」と規定されています。

売買契約を締結した後、当事者のどちらかが何らかの理由で契約を解約した場合、債務不履行(約束したことをしない)で相手側から損害賠償を請求されるおそれがあります。

不動産のように金額が高額になる契約では、賠償額も高額になるおそれがあり、簡単には契約できなくなります。

買う側としては、今の時点で他者に買われないように契約して買う権利を得たいが、実際に引渡しを受けるまで結構な時間があるが大丈夫だろうか、という不安があるでしょうし、売る側も今ここで契約をして買い手を確保しておきたいが、契約だけして後で簡単に解約されても困る、という懸念があります。

そこで、この「手付」が活用されます。

民法条文のように、買い手は契約後に何らかの事情で解約したい場合、支払った「手付金」を諦めることで損害賠償を請求される心配がなくなります。

売り手は、もらった手付金に加えてそれと同額の金額を支払うことで解約できることになります。

なんだ、簡単じゃない、と思われるかもしれませんが、そう簡単ではないのが法律の面倒なところです。

契約の遅行に着手

先に紹介した民法557条には、「但し書き」というものが付いています。

ただし、その相手方が契約の履行に着手した後はこの限りでない」。

つまり、相手が「契約の履行に着手」したら、手付金放棄や倍額提供しても解約できない、ということになります。

解約できないという事は、それでもあえて契約を解約するなら、相手から損害賠償請求される(そのおそれがある)ことになります。

その場合は、手付金を超える賠償額を求められることもあります

このように、契約内容に従って相手側が何らかの行為を既にしている場合、手付金に基づく解約をすることはできなくなりますが、では、どのような行為が「履行の着手」になるかが問題になります。

契約の履行に着手

「契約の履行に着手」が当事者間で問題になるのは、片方が手付解約を申し出たが相手側が既に履行に着手したので手付解約はできない、と解約を拒否された場合になります。

着手行為をするときに、事前に相手側に知らせることはあまりないので、相手側としては手付による解約ができると思ってその旨を伝えたら拒否されて驚く、ということになります。

何をすれば、契約の履行に着手したことになるかについて、実際の裁判で以下のような判断が示されています。

  • 客観的に外部から認識しできる形で履行行為の一部を行い、または履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした。
  • 債務に履行期の約定があっても、当事者が履行期前には履行に着手しない旨の合意をしている場合等の事情のない限り、履行期前であれば履行の着手は生じないとはならない。
  • 履行の着手に該当するかは、当該行為の態様、債務の内容、履行期が定められた趣旨・目的等の事情を総合的に勘案して決められる。
  • 履行に着手した当事者に対して解除権を行使することを禁止する趣旨であり、未だ履行に着手していない当事者に対しては自由に解除できる。このことは、解除する当事者が履行に着手していた場合も同様である。等々

具体例

実際の裁判で、どのような事が履行の着手にあたる、あたらないと判断されているかを知ることも重要です。

認められものとしては、以下を参照ください。

  • 家の買主が、契約上の明渡期限後に何度も明渡を求め、代金はいつでも支払えるように準備していた。
  • 契約後4ヶ月以内に賃借人を退去させて買い主に家を引渡す条件の売買で、売主に賃借人に退去させて家を引き渡すように督促し、代金はいつでも支払えるように用意していた。
  • 賃借人の居住する家の売買で、契約後に賃借人に家の明渡しを求めた。
  • 売買物件の境界画定作業をした。
  • 売却する家に設定されていた抵当権を残金返済して消滅させた。
  • 手付金を支払ったあと、内金(中間金)名目で代金の一部を支払った。

認められなかった行為として以下があります。

  • 売主による売買物件の鍵の交付した。
  • 売主が司法書士へ登記手続を委任した。
  • 買主が転売のために行った転売契約の締結した。
  • 買主の金融機関への融資の申込んだ。

まとめ

手付金が支払われた場合、契約が最後まで履行されれば代金の一部に充当され、解約したいときは手付金を放棄又は倍額提供することで損害賠償の心配をすることなく、簡単に、一方的に解約できます。

ただし、当事者が契約実行に向けて何らかの行為をしていて、それが契約内容を一部履行したものとされると手付解約ができなくなります。

契約内容により手付解約をする可能性があるかも、と思う場合は、詳細に特定の時期までは互いに履行に着手しない、というような取決めをしておくことが大切です。

また、民法557条の手付に関する規定は、任意規定とされており、双方の合意で条文の内容と異なる取決めをすることも可能です。

何も取り決めずに手付をした場合は、557条が適用されます。

私が係わった事案には、手付を支払った2日後の解約で、何も取り決めをしていないにも関わらず、「今は手付の3倍返しが常識だ」と、倍でなく3倍を要求してきた、という事案もあります。

手付による契約は時間が経てば経つほど、相手の契約に対する期待度も大きくなり、それに向けて何らかの行為をする可能性も高くなるので、手付解約をトラブルなく行うことは難しくなります。

解約する判断は、できるだけ早くすることが大切です。