遺贈

借金と相続放棄

相続とは、故人の財産(相続財産)を相続人が承継することを言います。
相続財産には預貯金や不動産等の積極財産もあれば借金等の消極財産もあり、通常、相続すると全てを受け継ぐことになります。
故人の積極財産を全部処分しても払いきれない多額の借金がある場合、相続人が通常の相続(単純承認)をすれば、自分の財産で借金を返済することになります。
それを回避するには、家庭裁判所に相続放棄の申立をしなければいけません(限定承認の方法もあります)。

相続放棄の申立は「自分に相続があったことを知った日」から3ヶ月以内にすることが規定されています。
この3ヶ月を「熟慮期間」と言い、3ヶ月を経過すると基本的に相続放棄はできません。

相続人が成年(18歳以上)であれば、自分で判断して自分の意思で相続放棄することになりますが、未成年であれば法定代理人である親が代わって手続きをすることになります。
成年であっても18歳の高校生や20歳前後の学生、社会人になって間もない者が相続放棄について自分で判断して行動することは簡単ではありません。

相続人が未成年である場合はもちろん、18歳以上の成年であっても親がしっかり関与して相続放棄について検討することが重要です。

相続放棄を軽く考えるとこんな事に

親の判断の甘さから、相続人である子供たちに大きな負担を背負わせることになることがあります。
昭和の時代のケースですが、以下を参照下さい。

  1. 家族構成:夫A、妻B、子C、D、E(Eは未成年)
  2. 昭和40年、Bは子3人を連れて別居(離婚はしていない)。
  3. 昭和51年、AはXの借金の連帯保証人になった(債権者はW)。
  4. 昭和53年、A死亡
  5. 同年、債権者WはBにAの保証債務の存在及びそれを妻として相続することになる旨の説明をした。
  6. 昭和57年、YがXに代わってWへ弁済(代位返済)した。
  7. 同年、YはAの相続人としてB、C、D、Eに対して弁済金の支払訴訟を提起した。
  8. 同年、B、C、D、Eは、訴状が送られてきて(成年C,DはこのときBから保証債務の存在を知った)すぐに家庭裁判所にAの相続放棄の申立を行い受理され、相続放棄は成立した。
  9. Yが相続放棄は無効とする訴訟を提起した。

相続放棄を無効とする裁判で焦点になったのは、熟慮期間の起算点でした。
熟慮期間がいつスタートするかで、その日から3ヶ月以内であれば相続放棄は認められるし、3ヶ月が経過していれば認められないことになります。

裁判は高裁まで争われ、高裁は「熟慮期間は昭和53年にBがWから保証債務の存在を知った日から起算される」とし、Bはもとより未成年者Eの相続放棄についても親権者であるBが知った日から熟慮期間が起算されるとし、既に3ヶ月が経過しているので相続放棄を有効と判断した第一審の判決を取消しました。

Bは裁判で「子供達を引き取って事実上離婚し、妻子ともAとは無関係になったので子供達に責任が及ぶとは思っていなかった」と主張しましたが、夫の債務を妻と子が共同して相続することは誰もが知っている一般法常識であるとして認められませんでした。

成年C、Dは昭和57年に母Bから初めてAに保証債務があることを知ったので、この時から熟慮期間は起算され3ヶ月以内に申立した相続放棄は有効であると主張しました。

これに対し高裁は、C、Dは両親別居後もAと交流があり、Aが亡くなった時に何らかの積極・消極の財産を残していないか考えるのが常識的であり、Aには不動産や預貯金もなかったから全く他に遺産がないと信じ、Aの相続財産について何の調査もしなかったとすれば、その点について過失があったというべきであり、また、母BにAの遺産関係がどうなっているのかを聞き出せば昭和53年の時点で保証債務の存在を知りえたはずなので、C、Dについても熟慮期間の起算点は昭和53年とし、既に3ヶ月の熟慮期間は経過しているので相続放棄は不適法としました。
C、Dにとっては厳しい判決と言えるでしょう。

まとめ

夫婦の別居はもちろん、離婚しても親と子の関係(法的親子関係)は切れません

離婚した場合、元妻が子を引き取る場合が多いです。
元妻は離婚により元夫とは全く関係はなくなりますが、子供と元夫との親子関係は継続します。
このことに意識が薄いと、元夫が亡くなったときに子供が相続トラブル巻き込まれるおそれがあります。

プラスの財産を相続するだけであれば他の相続人との話し合いで済みますが、借金等のマイナスの財産があるような時は、期限内に相続放棄をしなければいけません。
子どもが未成年者(18歳未満)だと、元妻が親としてしっかり対処する必要があります。

上記のケースで悔やまれるのは、昭和53年、妻Bは亡くなった夫Aには保証債務があり、その相続人になっていることをWからの通知で知っていたにも関わらず放置してしまったことです。

保証債務は、債務者が弁済不能になった時に初めて保証人に返済義務が生じます。
Aの相続時に債務者Xが順調に返済していれば保証人が返済を求められることはないので、Bは保証債務を相続するリスクを十分に理解していなかったかもしれません。

昭和53年に保証債務の存在を知ってすぐに、Bが自身及び親権者としてEの相続放棄を行うと同時にC及びDにも相続放棄をするように伝えておけば、当該債務を負うことはなかったでしょう。

連帯債務、保証債務、相続放棄、熟慮期間等々、突然身に降りかかった相続でいろいろ聞きなれない言葉を耳にすることがあると思います。
そんなときは、迷わず司法書士や弁護士にご相談下さい。
勝手に判断してしまうと、思いもよらない負担を背負うことになりかねません。

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