相続放棄

人が亡くなり、相続人である親族が遺産を相続する。

普通に行われていることですが、故人の資産状況をよく調査せずに見えている、知っている部分だけで判断して相続すると、後で人生を狂わせるようなトラブルに見舞われることがあります。

以下にご紹介する事例は、実際にあったことです。

裁判でも争われましたが、相続人には厳しい結果となりました。

よくある事とは言えませんが、少しの油断が重大な結果をもたらすこともある、という事を心に留めておいてください。

経緯

  1. A死亡、相続人は妻B、子C、D。
  2. 死亡から3ヶ月経過後にB、C、Dで遺産分割協議を行った。
    遺産A名義の不動産等の財産と債務が7600万円あったが、プラスの財産が上回り返済可能と考えたので、Cは不動産の一部(登記済)と債務の一部を相続した
  3. 4年後、Xなる人物がAに貸していた3億円(元本)の返済を求めてAの相続人Cを訴え、その訴状が届いてCは初めて7600万円の他に3億円もの借金がAにあることを知った
  4. この訴状が届いて3ヶ月以内にCは家庭裁判所に相続放棄の申立をした。

裁判所の判断

家庭裁判所は、Cの申立を受理し相続放棄が成立しましたが、債権者が相続放棄無効の訴えを提起して高等裁判所で争われました。

C側は、一部の遺産の存在を知っていても、3億円もの多額の借金の存在は知らず、知っていたら当然相続放棄するので、相続放棄ができる熟慮期間の起算点は3億の借金の存在を知った訴状を受領した時からであり、それから3ヶ月以内に相続放棄をしているので相続放棄は有効である、と主張しました。

しかし、高等裁判所は、遺産分割協議の時点でCはAの不動産等のプラスの財産のみならず多額の借金(7,500万円)があることも知っており、その認識に沿って行動をしているので、このような事情に照らせば、本件訴訟提起まで本件債務のあることを知らなかったとしても、熟慮期間を本件訴状がCに送達された日から起算すべき特段の事情があったということはできないとし、熟慮期間経過後の相続放棄は認められないとして相続放棄は無効になりました。

つまり、亡くなった時点で3億円の負債の存在を知っていなくても、財産の一部として不動産や7,500万円の負債の存在は知っていたので、その時点から熟慮期間は進行すると判断されました。

家庭裁判所と高等裁判所の判断の違い

上記の事例では、高等裁判所では相続放棄が認められませんでしたが、家庭裁判所の段階では相続放棄が認められています。

この違いは何か。

その理由は明白ではありませんが、以下のことが推測されます。

  • 家庭裁判所は、基本的に相続放棄を受理する方向にある。
    家裁の段階で不受理が確定してしまうと申立人に他に救済策はないが、受理して不利益を被る者がいれば、その者には地裁で無効の訴えを提起して争うことができるので、相続放棄は受理する方向にある。
  • 最高裁判例の捉え方の違い。
    最高裁は、「相続財産が全くないと信じて相続放棄をしなかった場合、遺産の全部又は一部の存在を認識した時が熟慮期間の起算点となる」と示していますが、「全部又は一部の存在」を高等裁判所は厳格に、家庭裁判所は知れば相続放棄するような多額の借金の存在の認識も含まれると緩和的に捉える傾向にあるようです。

今回の事例では、家庭裁判所は3億もの多額借金の存在の認識を熟慮期間の起算点として相続放棄を認めましたが、高等裁判所では不動産や7600万円の借金の存在を知っていた、つまり一部の存在を認識していたのでその時が熟慮期間の起算点になると判断し、申立人の主張を退けました。

安易な相続が重大な結果に

相続人は、故人に7,600万円もの負債があるのを知っていまいたが、上回る大きなプラスの財産があったので、詳細に故人の財産状況を調査することなく相続してしまいました。

大きな資産を持てれている方は、反面、大きな負債も持たれていることがあります。

その点を考慮して、相続する前に詳細に財産調査をする必要があったと思います。

ただし、調査により全ての負債が判明するわけではありません。

銀行や消費者金融、クレジット会社には、各協会があり加盟会社であれば負債の有無を調査することができます。

しかし、非加盟の会社や個人からの借入は分からないので限界があります。

自分の負債は自分が一番知っています。

故人の生前中に遺産の話しはしにくいでしょうが、少なくとも借金や保証人の有無についてはしっかり聞いておくことが大切です。